大学研究室について
やっと緑が芽吹いてきたと思ったら、いつの間にかもうすぐ梅雨の季節。
あの重苦しくじっとりとした空気が、今年もまた私たちの街に居座ろうとしている。
無情にも時が経つのは早い。高校生の皆さんは、新学期に慣れてきましたか?
私はというと、あの研究室のドアを開けてから、気づけばもう8ヶ月。全く慣れません。ミリ単位の細かな分析方法も船酔いに耐えながら行う調査も、これまでの大学生活がいかに甘いものだったかを毎日突き付けられています。先日は、大切なサンプルを危うく一瞬でゴミ箱行きにしかけて心臓が飛び跳ねました。
今回は、そんな理系大学生が籠りに籠る『研究室』について、少しだけお話ししようと思います。とは言っても、私がいるのは環境系の学部。世間がイメージするような理系とはちょっとばかり毛色が違うかもしれません。そこらへんは、どうか大目に見てほしいです。
高校生の頃の私は、『研究室』という響きに、どこか現実味のない、架空の存在のような気がしていました。高校生の皆さんの中にも、あの扉の向こうで何が行われているのか、想像もつかない人が多いのではないでしょうか。

ではここで、突然だけどクエスチョン。
Q研究室とは、どんな場所でしょう?
①実験室で黙々とフラスコを振る場所
②教授や同期と共に屋外に出てサンプル採取
③教授も学生も関係なく、グラス片手に朝まで語り合う場所
④先行研究という名の論文の海にひたすら溺れる場所
さあ、どれでしょう?
正解は、なんと、全部。
研究内容によって違いはありますが、多くの研究室には、息を呑むような実験の静寂も、年末に居酒屋の座敷でみんなで笑い合う喧騒も、その両方が存在しています。
研究室。それは、ひとつの専門分野という、あまりに狭くて愛おしい世界を、教授と学生が不器用ながら、でも真剣に駆け抜けていく場所です。誰かの『知りたい』が、いつの間にかみんなの『知りたい』に変わっていく、そんな少しだけ熱い空間なんです。
さて、そんな『知りたい』が集まる場所で、私は何をしているのか。
ひと言で説明すると海の環境について研究しています。ひと言で説明できるなら最初からそうしてくれという話ではあるんですが、実際のところそうはいきません。窒素がどう動いて、海の中で何が起きていて、その結果として環境にどんな影響があって──。説明を始めるとそれだけで日が暮れてしまいそうです。だから今回は、研究内容ではなく研究生活の話をします。
私の所属する研究室は調査のために、長崎市の高島や諫早湾に行くことがあります。高校生の頃の私は『研究』と聞くと白衣を着てフラスコを振るものだと思っていたので、まさか大学生になって海に入ることになるとは思いませんでした。

高島へ向かうフェリーから好きです。船内はほんのちょっぴりノスタルジックで、どこか遠くへ出かける子供の頃の感覚を思い出します。
島に着くと、時間だけがゆっくり流れてような、まるで別の世界に来たかのような、そんな気になります。コンビニも大型商業施設もないのに、不思議と不便さは感じません。むしろ、普段見落としているものを思い出させてくれるような空気さえあります。

晴れた日の海は驚くほど青くて、空との境界が溶けてしまったように見え、海の中を覗けば魚が泳ぎ、サンゴが静かに広がっている。来た目的さえも忘れて、その青さをひたすらに眺めてしまうこともあります。
そして高島には猫がたくさんいます。日向で気持ちよさそうに寝ている猫もいれば、調査の準備をしている私たちを少し離れたところから眺めている猫もいます。人に慣れているのか、近づいても堂々としていて、島の主は自分たちだと言わんばかりです。

ここまで高島の話をしておいてなんですが、実は私自身の研究テーマは諫早湾です。
諫早湾と聞いたら、ニュースや社会の授業で名前を聞いたことがある、という人が多いでしょう。
私たちが調査に向かう諫早湾は、高島の海とはまた違った表情を見せてくれます。透き通る青い海や色鮮やかなサンゴが広がっているわけではありません。同じ湾内でありながら、場所ごとに異なる色を湛えている。深い青を映したかと思えば、そのすぐ隣には、鈍い緑が静かに広がっている。境界ははっきりとしていて、交えることは決してない。
もっとも、そんな景色を毎回悠長に眺めているわけではありません。調査船上は、大きな波に揺られることがざらにあります。慣れれば平気だろうと思っていましたが、現実はそう甘くなく、未だに船酔いとの戦いです。
そんな場所で私たちは、海水や泥を採って、その中に含まれる栄養塩を分析しています。一見すると地味な作業です。採ってきたサンプルを研究室に持ち帰り、何時間もかけて分析を続ける日もあります。
けれど、その泥や海水の中には、海の環境を左右するたくさんの情報が隠れています。何気なく眺めている景色にも、当たり前だと思っている現象にも、必ず理由があります。研究とは、その当たり前に立ち止まり、「なぜだろう」と問い続ける事なのかもしれません。
そして、そんな問いに向き合うのは決して一人ではありません。
研究室には、それぞれ違うテーマを持ちながらも、同じように悩み、考え続ける仲間がいます。実験の合間に笑い合ったり、ときには助けてもらったり。研究室で過ごす時間は、研究だけでできているわけではないのです。
高校生の頃の私にとって研究室は遠い世界でした。けれど実際に飛び込んでみると、そこは研究をする場所であると同時に、人とのつながりを育む、青春を詰め込んだ箱でもありました。
教授がいて、先輩がいて、同期がいて、それぞれ違う「なぜ」を抱えながら同じ場所で考え続けています。
あの扉を開けてから8ヶ月。
分析も調査も、まだまだ分からないことだらけです。
それでも明日もまた研究室に向かいます。
あの扉の向こうには、まだ知らない「なぜ」が残っている気がするから。
皆さんが大学生になる頃、どこの研究室で、どんな問いと出会っているのでしょうか。


