昔話集

読み手によって解釈が変わるのも、この手の寓話の面白さだと思います。

「目をなくしたカバ」

 一頭のカバが川を渡っているときに自分の片方の目をなくした。カバは必死になって目を探した。前を見たり、後ろを見たり、右側を見たり、左側を見たり、体の下の方を見たりしたが、目は見つからない。
 川岸にいる鳥や動物たちは「少し休んだ方がいい」と助言した。しかし、永遠に目を失ってしまうのではないかと恐れたカバは、休むことなく、一心不乱に目を探し続けた。それでも、やはり目は見つからず、とうとうカバは疲れ果てて、その場に座り込んでしまった。

 カバが動きまわるのをやめると、川は静寂を取り戻した。すると、カバがかき回して濁らせていた水は、泥が沈み、そこまで透き通って見えるようになった。こうして、カバはなくしてしまった自分の目を見つけることができた。


「百万分の一の命」

 私の友人がメキシコを訪れたときの話だ。
 夕暮れ時、人影の途絶えた海岸を歩いていると、遠くの方に誰かが立っているのに気が付いた。近づいてみると、メキシコ人の男が何かを拾っては海に投げ入れていた。よく見ると、それはヒトデだった。男は、引き潮で波打ち際に取り残されてしまったヒトデを、一つ一つ拾い上げては海に投げ入れていたのだ。
 どうしてそんなことをしているのだろうと不思議に思った友人は、男に話しかけた。

 「やあ、こんばんは。さっきから気になっているんだけど、何をしているのか聞いてもいいかね?」
 「ヒトデを海に帰してやっているのさ。見ろよ、たくさんのヒトデが波で打ち上げられて、砂浜に取り残されてしまっているのだろう。俺がこうやって海に投げてやらなかったら、このまま干からびて死んでしまうよ」
 「そりゃあ、もっともな話だが、この海岸だけでも、何千というヒトデが打ち上げられているじゃないか。それを全部拾って海に帰してやるなんて、どう考えても無理な話じゃないかな?それに世界中には、こんな海岸が何百もあるんだよ。君の気持ちは分かるけど、ほんの一握りのヒトデを助けたって、何にもならないと思うがなあ」

 これを聞いた男は白い歯を見せてニッと笑うと、友人の言葉などお構いなしに、またヒトデを拾い上げて、海に投げ入れた。
 「いま海に帰っていったヒトデは心から喜んでいるさ」
 そう言うと、また一つヒトデを拾い上げ、海に向かって投げ入れたのだった。


「カエルの登山」

 一度は山に登ってみたいと思っていたカエルが十匹集まった。みんなで一緒に登ろうじゃないかということになって、山の麓に集合した。しかし、見送りに来た仲間たちはみんなヤジを飛ばすばかりだった。
 「登れっこないだろ!行くだけムダだぜ!やめとけ、やめとけ」
 そんな言葉を背に受けながら、十匹のカエルは出発した。ぴょこぴょこと小さい足で跳ねながら、山に登っていった。
 中腹にさしかかったところで、ウサギたちに会った。カエルたちが「頂上まで登るんだ」と言うと、ウサギたちはすぐさまこう言った。「頂上に登る?無理だ、無理だ!この山はものすごく高いんだ。そんな小さい足で登れるわけないよ!」
 これを聞いて、すでに疲れ切っていた五匹はあきらめた。

 残った五匹の前には、いっそう険しい上り坂が待っていた。やがてモミの樹海に入ると、今度はマーモットと出会った。「頂上まで行くなんて、カエルさんたちには無理ですよ。あまりに無謀です。とんでもないですよ!」
 この言葉を聞いて二匹があきらめた。

 残った三匹はなおも進んだ。少しずつ、少しずつ、とにかく頂上を目指して進んだ。ぴょこん、ぴょこん、ぴょこんと…。

 やがて今度は高山のヤギたちが現れ、カエルたちの様子を見て笑った。「このへんで引き返したほうがいいんじゃないか?その調子じゃ、あとひと月かかったって頂上には着かないだろ」ここでまた二匹が脱落した。
 とうとう残りは一匹になってしまった。しかし、この一匹はそれからずいぶんと時間をかけて、ついに頂上へと辿りついたのだ。

 その一匹が山を下りてくるのを待って、仲間たちはいっせいに聞いた。
 「一体どうやって登り切ったの?」
 でもそのカエルはただ一言「何?」と聞き返しただけだった。そこで仲間たちはもう一度大声で聞いた。「どうやってこんな快挙を成し遂げることが出来たんだい?」

 するとそのカエルはまたしてもこう聞き返した。「何?何?何?」
 そのカエルは耳が聞こえなかったのだ。



「一休和尚の遺言」(これは結構有名な話です)

 一休和尚が臨終の時、「仏教が滅びるか、大徳寺が潰れるかというような一大事が生じたら、この箱を開けなさい」と遺言を述べて、一つの箱を弟子に手渡した。

 それから長い歳月が経過し、大徳寺の存続に関わる重大な問題が起きた。にっちもさっちもいかなくなったとき、和尚の遺言を思い出し、寺僧全員が集まって厳かに箱を開けることにした。
 中に入っていたのは一枚の紙だった。そこに書かれていたのは、
 
 「なるようになる。心配するな」という一文だった。

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